国立民俗芸能博物館の設置を―日本伝統精神文化の拠点、信三遠國境

    信州・三州・遠州の國境は日本の中央に位置し、山間にありながら想像以上に道が四通八達、その本数が多いのに驚かされる。天竜川の水道、古くは東山道・秋葉道、近世は三州(伊那)街道、遠州街道を軸に、横に斜めに網の目のように道が山間を通っている。北は伊那路を経て、諏訪・甲府、あるいは松本・長野・甲府、そして越前・越後へ、西は三州路で美濃に入って京へ、また遠州路で豊橋に出て尾張・伊勢・大坂へ、東は遠州浜松を経て、駿河・江戸へとまるで日本のど真ん中にあって四方へ貫流する十字路である。
    だから、遠国諸方の旅人の往来が頻繁で、諸国の文芸が期せずして古代・中世・近世を通じて伝来、その果実が深い山壁の村々に落ちて留まり発酵、今日、日本民俗芸能のメッカと称される由縁である。神楽・田楽・猿楽・念仏踊と日本民族芸能の祖型を今日も伝えている。つまり日本古来の伝統芸能のエキスが凝縮され発酵して、世界文化遺産に通じる日本の宝庫だと言える。
 したがって信三遠国境は、日本芸能史研究のはじまった地であり、折口信夫、柳田國男、池田弥三郎、西角井正慶、三隅治雄といった民俗芸能研究者の聖地である。
 この地に全国スケールでの民俗芸能の伝承センターが建設されることは、このような日本芸能史を見れば十分に理解されるところであり、国の「三遠南信地域整備計画書」で整備プロジェクトのひとつとして取り上げられたが、愛知・静岡・長野の三県にわたるためすすんでいない。ナショナルプロジェクトへどう止揚するかが課題となる。

 

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吾輩は猫である。名前はまだない。どこで生れたか頓と見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している。

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